2018年06月12日

ゾイドとアニメの相性・中編

 つづきだよまだまだゾイドだよ。

 アニメとの相性が悪いゆえに終息に向かってしまった初期のゾイド。いや、当時のトミーがそう判断してたかどうかは分からないけど、間違いなくあるのよ、要因として。ストーリーは欲しいけど、アニメにすると子どもでもしらけちゃう。

 販促ビデオの実写パートはかっこよかったけど、あんなもん手間がかかりすぎて、連続ものとして作れるわけがない。それに、あのやり方だと今度は人間との相性が悪い。ストーリーものにするなら人間は欠かせないけど、「ヘリック共和国」と「ゼネバス帝国」とか言ってるのに日本人しか出てこないとしたらどうですかお客さん。

 あくまでもゾイドが主役で、おもちゃにパイロットとしてついてくるメッキ人形をちょこちょこ動かして喋らせちゃうってのもありだと思うけど、当時の風潮を考えるとまあ、通らないでしょうね。

 おもちゃである限りは、「大きいお友だち」じゃなくって、子どもたちに向けて展開したいんだろうから。

 そう考えると、子ども向けじゃなかったスター・ウォーズって凄いな、やっぱり。聞いてるかディズニーこんちくしょういやいやそうじゃないあれはファンも悪いああまったく愚かなファンたちすなわち声も大きいお友だちだったら小さい声も探せよディズニーお金は使い方でしょうがやっぱりこんちくしょう。

 おっといけない。

 ゾイドの魅力であるところのリアルさを生かしたくとも、実写は現実的じゃない。手描きアニメも線を描ききれないから無理。CGとデジタルアニメが必要だった。ってこれ前回から進んでないね。つづこうね。
posted by 篠田 青 at 01:45| Comment(0) | おもちゃ

2018年06月11日

ゾイドとアニメの相性・前編

 「またゾイドか」じゃないの。そう言わずに読んでごらんよほらほらぐいぐいぎゅー(新手のVR)。

 僕にとってのゾイドはディテール過多みたいなリアルさこそが魅力で、線を省略していかなきゃいけないアニメとは相性が悪いんだよね。

 おそらくというか、おそらくじゃないな。ゾイドって『スター・ウォーズ』のメカ的な世界、AT- ATなんかのかっこよさを日本人のセンスで拡張したようなおもちゃだから。戦闘機じゃなくって、もっと大きいメカ。宇宙船なんかのね、表面がもう、細かーい部品でみっしりみたいな感じ、あるでしょ。

 ああいうのがスター・ウォーズの「うおお」の一つであることは疑いようがなくて。そういう気持ちでいるときにね、手描きアニメのウーキーファミリーみたいなのを見せられちゃうと、子どもでもげっそりするのよ。

 あったの、昔。そういうアニメが。『クローン大戦』のずっと前にね。クローン大戦は良かったよ。

 ゾイドも同じで、販促ビデオだろうが何だろうが、手描きアニメでね、メカ生体ゾイドの進化と歴史みたいなのを見せられても困るの。見たくないの。

 でもまあ、商品としてはね。「ガンダムとトランスフォーマーにあって、ゾイドにないものは何かね」っていう会議になったら「はい、それはアニメです」ってなるもんね。

 デジタルアニメの登場って、動かない直線デザイン(建物とか乗り物)の多いスター・ウォーズとかゾイドにとってはもう、大きな大きなターニングポイントだったでしょうねえ。つづくでしょうねえ。
posted by 篠田 青 at 01:49| Comment(0) | おもちゃ

2018年06月10日

ゾイドの魅力ってね・後編

 つづき。

 ミリタリー好きなら違ったのかもしれないけど、僕にとってのゾイドはもう、おもちゃとおもちゃの箱だけで充分だったんだよね。ゾイドの箱って、全面グラビア印刷みたいな感じ(いや、正確なことは知らないけど)で、ジオラマっぽい写真が豊富でね。

 その写実的な重厚さがもう、たまらなくかっこよくて。箱ばっかり何度も何度も眺めて、想像を膨らませてね。

 いきものの図鑑が好きだったからかな。水生昆虫の写真とか、熱帯魚の水槽なんかも飽きずにずーっと眺めてたり。写実的な箱庭とでもいいましょうか。そういう世界が好きで。

 ウルトラマンのセットとか、おもちゃのジオラマ写真とか、「この砂は本物を使ってるのか、それとも砂っぽいプロ用の何かなのか」みたいなことが凄く気になって、今はインターネットなんかあるざますけどね、当時はほんと、周りの大人に聞いてみたって分かりゃしませんざましょこんちきしょう。

 ジオラマ製作のプロになりたいとか、そういう方向じゃなかったからね。知りたい欲もその程度だったんだろうけど。まあうん、見るのが好きだったんだな。

 だからゾイドのね、以前書いた販促ビデオ。あれの実写パートも大好きで。交互に出てくるアニメパートは何だろうな、引いたわ。当時そういう言い方はなかったけど、「これじゃない感」が凄かった。全っ然感情移入できないの。

 そこがゾイドの、商品としての弱点でもあったんだろうけどね。だからこそ、CGアニメを味方につけての第二期ブームがあって。それは凄く分かるんだけど。

 「あの頃の写実的な魅力」が薄れちゃってて、それを伝える絶妙なツールも手段もなくって、歯痒い日々なのよね。
posted by 篠田 青 at 01:57| Comment(0) | おもちゃ

2018年06月09日

ゾイドの魅力ってね・中編

 つづきだよおお。

 はい皆さん、おもちゃ売り場に戻ってください。両手にそれぞれ違うゾイドの箱を持って、共和国と帝国のをね、そうそう、そうです。

 だいたいこう、ライバル機っていうのが設定されてるのよね。「帝国のあのゾイドに苦戦を強いられた共和国が、満を持して投入したのがこのゾイドである」みたいな。

 トランスフォーマーなんかでもそうだけど、悪役ってかっこいいのよね。「ゴドスに対してイグアンはちょっとずるくないですかああああ」とかね、そういう思いを何度したことか。

 あ、分からない? 「ガンダムよりザクのが好き」とか「ザクのがかっこいい」みたいなね、あるでしょ。そういうのがあるんですよ、おもちゃの世界には。

 トランスフォーマーなら「サイバトロンは空を飛べない」みたいな。大人になって実写映画なんかでね、アメリカでの呼称が急に入ってきて、「あ、だからオートボットっていうのか! じゃあ何だったんだサイバトロンって返せあの頃の思い出を変だと思ったんだよデストロンって仮面ライダーV3でも出てくるし父よ母よ妹よって歌はかっこいいんだけどカメバズーカにハサミジャガーなんだよな」っていう。

 ええと。

 そんなこんなでですね、「共和国の方がかっこいい」という理由付けを行う、大変重要な場でもあったわけです、おもちゃ売り場というのは。

 かっこいいんだけどね。かっこいいんだけど、色合いとかも含めて、悪役面は悪役面だったりして、それが何となく受け入れられなくってね。「よし、僕はやっぱり共和国!」っていう気分で帝国ゾイドを元に戻す。

 ただもう、何を持って帰るか。どの箱を眺めながら帰りの電車に乗るかっていう。つづくっていう。
posted by 篠田 青 at 01:35| Comment(0) | おもちゃ

2018年06月08日

ゾイドの魅力ってね・前編

 前回も書いたというか、ちょこちょこ書いてるけど、僕は初期ゾイドのファンだったわけよね。それがどういうことかっていうのを、言葉だけで説明するのが難しいんだな。画力とか現物とか写真とかあればいいんだけど、僕にはそれらがないわけで。

 当時のゾイドってね、もうほんと、おもちゃだけで魅力的だったのよ。雑誌でのジオラマ連載みたいなのとか、ストーリー性を補うような展開もあったけど、そんなの追ってなかった。

 おもちゃ売り場に行って、ずらーっと並んでる箱を眺める。目当てのやつがあればそれを手にとってすぐレジへ、とかじゃないの。売り場の光景を日本庭園のように眺めて、「ああ、これがもう全部さあ、もしか(子ども語)自分の家に全部あったらどうしようかねえ」と悩む。

 欲しいのも欲しくないのも手にとって、ああ、そうそう!

 ゾイドってね、共和国と帝国っていう対決なのよ。初期の初期はね。うちでは僕が共和国を買って、弟が帝国を買うという決まりで。いや、決まりっていうか、僕が決めたんだけど。うちで並べるときにね、所有者や所属がだらしなーい感じになるのが嫌だったのよ。

 ゾイドに限らず、何でもそうやって分けてたなあ。トランスフォーマーもガンダムも。それをまたね、弟が破るんだ。僕がいないときに。「だって買ってくれたんだもん」とか言って。今考えると、いやまあ、当時でも我ながらナンセンスなルールだと思う部分はあったちゃああったけど。

 上の子が圧政を敷くとあれなの? 下の子は既成事実で対抗しようとするもんなの? そういえば弟だけじゃないな妹もあのときぐああ頭痛い頭痛い、あだまいだいよおおおおつづくよおおお
posted by 篠田 青 at 01:06| Comment(0) | おもちゃ