2017年11月07日

バルタン星人(Jr. /四代目)

 気をつけないとこれ、バルタン星人じゃなくってウルトラマンの話になっちゃうな。それがシリーズのオチに繋がっていくな。繋がっていくならいいのか。

 テレビ番組としての『ウルトラマン』の中で、ウルトラマン自身も姿を変えていく。よく知られているのはまあ、マスクが三種類あって。スーツも筋肉の表現も洗練されていって。第一話と最終話とでは、結構な変わりようなんだよね。

 デザインとか美しさとか、洗練されていくってことをね、ウルトラマンと一緒に学んでいけるような。そんな質感が、ウルトラマンっていう作品にはあったのよ。

 その流れの中でバルタン星人の初代と二代目、ついでに三代目っていうデザインに改めてというか、初めてきちんと触れるとね。誰かに編集された図鑑を眺めていたときとはまるで異なる感想が湧いてくる。

 キャラクターとしてのインパクト、「宇宙忍者」という肩書きにふさわしい、不安を誘発するようなアンバランスさ、価値観が違いすぎて話通じない感を求めるなら初代。

 逆襲する生き残りとしての智略、機能美、冷徹さを求めるなら二代目。

 こうして書いてみると、初代が広く認知され、また愛されていることもまあ、改めて納得できちゃう。ほんとにあれだね、新幹線の0系と100系っていうか、300系以降の話に似てるね。

 で、僕がこのシリーズで扱いたいのはですね。

 初めて二代目を見たときの「こんなのバルタン星人じゃない」っていう反射が、果たしてどのくらい正しいのか。二代目の方が好きだと思うようになった気持ちが、どのくらい素直なものなのかってことなんですよね。

 思ってたよりも長くなっちゃって、まだつづくんですよね。
posted by 篠田 青 at 01:48| Comment(0) | デザイン

2017年11月06日

バルタン星人(三代目)

 「バルタン星人といえば初代」というイメージは、出版物によって刷り込まれたものなんだよね。少なくとも、僕にとっては。

 ウルトラマンには最初から兄弟がいて、横並びの勢揃いみたいな写真があって、そこから好きなウルトラマンを選べた。幼い僕は、ゾフィーが好きだなと思った。

 だけど、「バルタン星人勢揃い」みたいな写真はなくって、「バルタン星人」という文字とセットになっているのは初代ばかりで、二代目三代目、Jr. とかいうのまでいるっていうのを知ったのは後になってから。

 だから、初めて二代目を見たときの感想は「何だい、こんなのちっともバルタン星人じゃないや(口調はフィクションです)」というようなもので。新幹線の新型車輛が出たときの違和感みたいなもんかな。自分の愛着への防御反応とでも申しましょうか。何なんだろうね、あれね。

 おまけに、僕は『ウルトラマン』の再放送に縁がなくって、『ウルトラセブン』とか『ウルトラマンタロウ』ばかり何度も見(させられ)て、たまーに『帰ってきたウルトラマン』とか『ウルトラマンレオ』ってな感じの幼少期だった。

 ゲストとして、初代としてでなく、主役として動いてるウルトラマンをきちんと見たのが遅かったんだよね。いやあ、驚いたなあ。デザインの美しさ、素晴らしさ!

 僕が愛読(愛用?)してたウルトラ図鑑的なものに載ってる、ウルトラ兄弟としてのウルトラマン、勢揃い写真の中の一人としてのウルトラマンとはまるで別物だったんだよね。後になって造られた「初代ウルトラマン」は、マスクもスーツ(あんなもんマスクだしスーツだ)もひどく不細工なデザインで。「何だい、初代マンなんて地味でかっこわるいだけじゃないか(口調はフィクションです)」って思うのも無理ないようなね、それはそれはひどいものだったのよ。

 つづくのよ。
posted by 篠田 青 at 01:13| Comment(0) | デザイン

2017年11月03日

バルタン星人(二代目)

 セミ人間のスーツ(スーツなどない)を改造したのが初代バルタン星人(すみません、諸説あります!)

 何かの改造ではなく、一から新造されたのが二代目バルタン星人。

 僕が「二代目の方が好き」だと思っているけど、それは果たして「心で好き」なのか、「頭で好き」なのか。当ブログの「バルタン星人」シリーズにおいては(原辰徳風)、これを論じたいわけであります。

 僕が生まれたときにはすでに「ウルトラ六兄弟」という設定は出来上がっていて、ウルトラ怪獣図鑑みたいなものもたくさん出ていて、そういう本で怪獣の姿と名前(と足型、分かるかなー)を覚えるところから始まった。

 これはもう、モノクロの『ウルトラQ』を見ていて、カラー放送になった『ウルトラマン』で驚いて、しかも毎週新しい怪獣が出てきてという、リアルタイムの体験とは大いに異なるわけよね。

 人気と強さを数値化して、選ばれた怪獣や宇宙人だけが載っている本。それを真面目に最初からめくっていくことが、そのまま出会いの順番になる。そういう本に載ってるバルタン星人はもう、ほとんど初代なんだよね。行き届いた本でも、右側のページに大きく初代、左側のページに小さく二代目と三代目、もっと小さくJr. が載ってる、みたいな。

 初代の方が色も鮮やかだしね。子ども向けのカラー本には向いてるっていうのもあったんでしょう。あとはまあ、二代目に比べれば頭でっかちでハサミも大きくて、やっぱりこう、バルタン星人らしさが詰まってるもんね。初代なくして二代目はないわけですし。

 だったらセブンだってウルトラマンの半分くらいの扱いにすればいいじゃんぶーぶーぶー。

 つーづーくー。
posted by 篠田 青 at 21:23| Comment(0) | デザイン

2017年11月01日

バルタン星人(初代)

 バルタン星人といえば『ウルトラマン』第二話「侵略者を撃て」に登場した、いわゆる初代バルタン星人を思い浮かべる人が多いと思う。

 僕はあれよりも『ウルトラマン』第十六話「科特隊宇宙へ」に出てくる二代目バルタン星人のデザインの方が好きなんだけど、いっちばん最初、子どもの頃はどうだったかといえば、「やっぱり初代こそバルタン星人である」みたいな感じだったと思う。

 ウルトラ怪獣図鑑みたいな本を毎日毎日眺めていたから、しわしわの顔をしたウルトラマン、(いわゆるAタイプ)と戦っている有名なスチール写真(劇中の場面写真じゃなくて、プレス向けのやつ)がもう、どうしても刷り込まれるわけで。

 だけどまあ、ある日「おや、この白黒写真しかない角なしバルタン星人みたいなのは何だろう」と、『ウルトラQ』第十六話『ガラモンの逆襲』に登場する「セミ人間」の存在に気がつく。

 そう、初代のバルタン星人のスーツ(スーツなどない)は、セミ人間を改造したものなんだよね(すみません、諸説あります!)。Wikipediaを読むと、最初からそういうオーダーだったみたいだから、それこそがオリジナルといっても差し支えないのかもしれないけど。

 何かの改造ではなく、一から造られたのが二代目バルタン星人で、こっちの方が本来のデザイン画にも近いらしい。子どもの頃の僕も、理屈は分からずとも、そういうのを感じ取ってたのかもしれない。おばあちゃん(「祖母と書くべき」とかいう奴はアホ)の家の近所で買ったプラモデルが二代目バルタン星人で、「おらがバルタン」みたいな感覚が強まったのもあるかもしれないけど。

 初心は初代だけど、好みとしては二代目に移った。「無邪気な巨人ファンが、大人になってアンチ読売になる」みたいなもん……いやいやいやいや、違う違う違う。全然違う。

 つづくっ。
posted by 篠田 青 at 00:39| Comment(0) | デザイン