2018年03月10日

男運悪いちゃん

 全国の「男運悪い」さん、こんにちは。

 前回ちょこっと書いたけど、あなた方は「男運が悪い」のではないのでどうぞご安心を!

 男選びのセンスが間ー違ってるんだよおおおおおおおおおおおおおおっ。

 被害者の顔して「ちぇんちぇー、恋愛運を見てくだちゃい、いつ良くなりまちゅか」じゃないの。「恋愛成就で有名な神社にも結構行ってるんでちゅけど」じゃなーいの。

 男の趣味が悪かったり、出会いがなかったりするのにはね、自分に原因があるの。

 そこに取り組めばいいの。雑誌には書いてないの。ゆるふわを意識しても駄目なの。あなたの愛されとその辺の愛されは違うの。愛されが発動しない原因はね、個人個人の、結構深いところにあるの。そこを見たくないでしょ? 見たくないから、「男運悪い」はまだまだ続くの。この先も続いていくの。

 っていうか、あなたが好んでその道を歩んでいるの。

 本当にやめたいなら、やめられる方法はあるの。
posted by 篠田 青 at 00:56| Comment(0) | 病気

2018年03月06日

予想はしてた

 「予想はしてた」とか「予測できてた」、「何かあるだろうなとは思ってた」。ショックを受けないように、しておく心の準備。まあ、誰でもする……、いやいや、そんなこともないか。

 えっと。

 備えておけば、ショックを軽減できる。だから備える。

 それでも、ショックを受けないかといえばそうでもなくって。「ショックはショック」。これを認めちゃうってことは大事なんだよね。誰かに話せちゃえばもっといい。

 「こんなことで自分は傷つかないから大丈夫」っていう姿勢を見せなきゃいけない人もいるでしょう。そんな事情もあるでしょう。

 だけどそれをね、自分に対してもやっちゃうと駄目なのよね。

 「ずっとそうしてきた」って人も多いだろうけど、それは必ず身体に出る。自分にも見えないようにする習慣になっちゃってるから、自覚させるのにも時間がかかる。「根治までの道のりがたーいへん」ってことね。

 いいこと(男ならダンディズム)だと思ってやってる人も多いんで困るんだけど、秘密や隠し事っていうのは、どう呼ぼうが「嘘」。

 自覚と無自覚とによらず、嘘は不調に繋がる。無口でいれば、身体が雄弁になる。素直になる、素直になれる時間を持つって、結構大事よ。

 (男の趣味がもうほんと、絶望的に悪い妹に捧ぐ)
posted by 篠田 青 at 01:11| Comment(0) | 病気

2018年02月25日

日常こわい 4

 つづき。

 「自分を変えれば治る」よりも、「治らない」を受け入れる方が楽だという構造があって、病気やケガはそこに上手に寄生する。

 寄生しやすい、定着しやすい形を無意識のうちに提供する癖を、人の心はもっている。

 それを知ってしまうこと、そういう自分の陰を知ることは怖い。「自分と向き合う」というフレーズは量産されてるけど、実際に向き合える人なんかほとんどいない。

 自分を変えたくはないからと、病院で物理的に診断されることを望んでしまう。

 病名を知らされることを恐れていると思っているけど、実際はそれよりも怖いこと、「性格や生き方を変えなければならないことへの恐れ」を隠している。

 それが陰になる。陰っていうのは、恐れや嘘、隠し事のこと。

 自分が見たくないものを、他人に見られたいわけがない。物理的な歪みと、心の歪みでは醜さが違うっていうのかな。

 自分にさえも隠したい恐れこそ、病気やケガの大好物。

 病気やケガ、何だかよく分からない不調っていうのは、全部霊障なんだよね。

 霊障っていうといかにもオカルトっぽいけど、心理学が定義する心とはまた別のところにあるもの、魂だとか念だとか、そういうものだと思えばいい。「霊=生きてないやつ」じゃなくって。死霊とか生き霊とか言うでしょ。まあ、みんなにあるっていうか、みんな持ってるのよ、霊は。

 共有するのが難しいというか、実感するにも自信が持ちにくいから、物理的なものだけを認めるようになったのよね。その方が簡単だから。

 で、見えないものは存在しないことになっちゃって、見えない人が見える人をバカにするような構造が生まれて、言えないことが増えて、それらがみーんな陰になる。

 本人が光を当てさえすれば、陰は陰じゃなくなるんだけどね。

 その勇気を持ってみようかなと、とりあえずそれだけでも思ってくれれば、僕が力になれますよっていうお話。
posted by 篠田 青 at 01:23| Comment(0) | 病気

2018年02月24日

日常こわい 3

 はい、昨日のつづき。

 病気やケガというのは結果であって、原因は比較的近く、症状と直結したようなシンプルなところにある、って感じで考える方が楽なんだよね。物理的に考える方が。怖くないっていえばいいのかな。

 生活習慣病とか、職業病とかね。「日常生活に気をつけよう」と思いやすい。

 あるいは、「こういう日常なんだから仕方がない」と受け入れやすい。

 心の習慣、考え方や個人個人の人間関係に根ざしたバランス感覚。そういうものが原因だと考えるのはちょっとしんどい。

 職業が原因だと考えれば、むしろちょっとした誇らしさも生まれるけど、職場が原因だと考えなきゃいけないのなら辛い。

 日常を変えるのは大変だから。真面目な人ほど、続ける方が簡単だっていう感覚を持ってる。

 日常と性格は隣り合わせで、ずっと並んで進んでいく。日常が急げば性格も急ぎ、性格が曲がれば日常も曲がる。

 日常を変えるってのは、性格を変えることだったりする。

 「こういう性格だから」、「これはもう性格だから」っていう言い方はありふれたものだと、誰もが感じるはず。

 基本的に変える気がない。変わらないものだと思っている。

 大前提。

 まだつづく。
posted by 篠田 青 at 00:45| Comment(0) | 病気

2018年02月23日

日常こわい 2

 昨日のつづき。

 日常ってのは大前提で、わざわざ語られないし、取り上げられることも少ない。これがもう、大きな大きな落とし穴になってる。

 日常だと漠然としすぎてるかな。ここでは「今いる環境」と「当たり前にある人間関係」と規定しよう。それを前提に生きていくことを、ほとんどの人が自動的に受け入れている。そこに手をつける、変えていく気がまあ、基本的にない。

 病気やケガからしてみれば、これ以上ないくらいに安全な場所ということになる。

 「は?」と思うでしょ。

 そうなんだよね。この考え方が難しい。

 病気やケガに意志なんてあるわけがない。何を言っとるのかねチミは、と。皆さんもう、ほとんど脊髄反射的に思うでしょう。

 それこそが今回、しつこくしつこく言い続けてる「大前提」ってやつでね。

 誰も調べない大きな陰。いつも日が当たらないから、みんなそこはそういうもんだと固定しちゃってる。日陰になってる暗い場所にわざわざ入り込んで、湿った土の上にある、珍しくも何ともないような石をひっくり返してみようとは思わない。何かがいるかもしれないけど、ふわふわのかわいい子猫じゃないだろうってのは分かるしね。

 「何となく気持ち悪いから、ここに日が当たるようにしよう!」とみんなに呼びかけるのは大変。「何となくじゃ役所は動けません」とか「最初から日当たりのいい場所を探す方が効率がいい」とか言われるし。分かりきってることだから、考えることを検討するのすらめんどくさい。

 日当たりの悪い場所なら、それはそれでいいじゃない。入らなきゃいいじゃない。見なきゃいいじゃない。車に乗ってキャンプに行く方が確実に楽しいし、気分転換にもなるよ!

 心の中にはそういう陰がたくさんあって、病気やケガの住処になる。

 つづく。
posted by 篠田 青 at 00:03| Comment(0) | 病気