2018年02月21日

モスバーガー的ねじれ・後編

 昨日のつづき。

 アスリートやアーティストみたいな、マスコミを通じて広く知られるような人たちにもこういうことがしょっちゅう起きていて、「それを受け入れちゃう方が楽」とか、「それもまた自分なんだろうな」みたいな言い方もよく聞くんだけどね。

 よく見える浅い部分で起きていると思っていたもつれやねじれが、いつの間にか見えないところ、深い深い、手の届かないところまで沈み込んでしまう。

 それが謎の不調に繋がったりするんだけど、そもそもの原因が本人にも見えなくなっちゃってるもんだから、「どこの病院もお手上げで」みたいな悲劇が出来上がってくのよね。抜け出す方法は(ここに!)あるんだけど、本人がもはや悲劇の方を欲しがっちゃってたりして。

 冬季オリンピックの真っ最中でしょ。「アスリートを国に奉仕させるのが当たり前」みたいなこの国の雰囲気、いつまで続くんだろうね。

 インターネットが普及して、国中がオリンピック一色みたいな時代じゃなくなっていくような気もするけど、炎上とかのね、新しい変な一体感もあるじゃない。

 意志の強い、何かを貫き続けられるような人がね、多くの声ならまだしも、大きいだけの声に潰されるわけにはいかないのよ。だから「続けられなくなってしまう」という、悲劇的な理由を欲しがる。身体がそれに敏感に応えちゃう。

 こういうねじれは何も、アスリートやアーティストに限ったことじゃなくてね。慢性の肩こりとか腰痛とか鼻炎とか、「治らない」「仕方ない」と思ってる症状の原因になってることが多いよ。

 ただねー。信じないんだよな、そういう人たちって(笑)。付き合いが長いってだけで、「自分の症状は自分が一番分かってる」みたいな顔で威張ってんの。

 「治りたくない」ってとこを認めさせるところから始めなきゃいけないからたーいへん。やるけどね、僕! それが仕事だからね!
posted by 篠田 青 at 01:47| Comment(0) | 精神世界

2018年02月20日

モスバーガー的ねじれ・前編

 「モスバーガーの苦戦」が論じられるたびに気になるのが、ファストフード扱いされていること。

 モスバーガーは自らを「ハンバーガーレストラン」と規定している。それはつまり「ハンバーガー=ファストフードではない」という宣言で、注文してから待つスタイルを当たり前のものにした、偉大な功労者だと思う。

 「ファストフードチェーン」で待ち札持たされてもすんなり受け入れてるもんね、今。

 そんな背景もあってか、いや、たぶん関係ないんだろうな。ハンバーガー的なものを提供するチェーン店は何かもう、全部ファストフードとして論じられてる感じがある。

 自分たちは違うと思ってるのに、他人はというか、客までもが「ファストフードならどこが好き?」って聞かれて「やっぱモスっしょ」みたいな感覚でいて、マクドナルドと並べて考えちゃってる。

 便宜上だろうが何だろうが、そのように扱われ続け、比較され続けると、対外的にはそのように振る舞った方が楽なのかなと考えるようになっちゃう。

 ハンバーガーレストランとしてのあるべき姿に立ち帰る勇気さえ持てればね、道は切り開けるんだと思うけど。ファストフード扱いしてくる人たちまで「お客様」にして大事にしすぎちゃうから、ねじれにねじれて、難しくなっちゃってるんだろうなと思う。

 この話は明日につづくんだろうなと思う。
posted by 篠田 青 at 23:11| Comment(0) | 精神世界

2018年02月12日

ハイレゾの香り

 たばことか香水が困るのは、感覚が狂うからで。

 振り返ると、母がたばこをやめた時期と、霊的な感覚の自覚の始まりとが一致してるような。

 していなかったとしても、匂いというか、鼻の感覚がね、僕にとってはとても大事なようで。

 ハイレゾってあるでしょ、ハイレゾリューションオーディオ。CDでは「人の耳には聞こえない」としてカットされてる音域も入ってて、なぜか違いを感じるとか、いや実は感じていないとか。

 まあ、そういう科学オカルトぎゃーぎゃーぎゃーみたいな話はさておいて。

 匂いだと感じない匂い、空気の中にね、無自覚に認識してる情報がいっぱいあって。まあ、匂いの幽霊、幽霊の匂いみたいなもんだと思えばいいよ。

 僕にとっては重要なんだな、そういうのが。

 たばことか香水とかの「見えすぎるにおい」はうーんと、フラッシュをずっとたかれてて、その向こうに二人の女性がいるんですがどちらがタイプですかって聞かれても困るじゃん。

 だから嫌っていうか、困るわけ。やたらな故意の匂いみたいなのは。
タグ:香水 たばこ
posted by 篠田 青 at 00:16| Comment(0) | 精神世界

2018年01月31日

隙間の活用

 モノクロお化けネタのつづき(雑)。

 空いてるスペースには想像が入り込む。それが幽霊(と、ここではしておきます)に力を与える。「お前のその力を使って次回は希望の色で出てやろうかあ」とか、そういう無駄なことはしないのよね。色に溢れた現実に対しても、モノクロの方がコントラスト強めでインパクトあるし。カラーの世界にぽつんとモノクロで存在すれば浮きますからねわはははは。

 「幽霊は白装束で長い黒髪」っていう固定観念があるなら、出る方としてもね、そう見えるようにしときゃ楽なのよ。すぐ「幽霊だ」って思ってもらえるから。「あなたの意識に語りかけています」とか説明しなくていいから。

 生き霊もモノクロのケースが多いような。僕だけかな。バレたくない場合はやっぱり、情報は減らしてくるしね。バレたくないんだけど気づいてほしい。あーあ、めんどくせえなあいつら。だから生き霊なんだけどさ。

 「うわ、霊だ」ってなったときに、パーンと膨らむ人は少ない。フグって凄いな。

 「ヒイッ」と引っ込む。

 隙間ができる。

 そこにシュッと入られる。想像の入り込む余地を作って現れ、相手の中に隙間を作って入り込む。

 やるなロンド・ベル。間違えた、生き霊とか霊たち。
posted by 篠田 青 at 02:01| Comment(0) | 精神世界

2018年01月30日

白装束と長い黒髪

 お化けといえば「白い服で長ーい髪の女」みたいな共通認識があって、『リング』の貞子がそれを現代的ビジュアルイメージとして再定義した。

 映像はいとも簡単に消費され、すぐに飽きられる。「結局また貞子風の」って言われる。

 双璧みたいな感じで『呪怨』のあの二人が挙げられることもあるけど、あの二人もやっぱり白い服と黒い髪。

 どうしてこの伝統が崩せないのかっていうと、情報が少ない方が怖いから。同じ腕なら、カラー写真よりモノクロ写真の方が何となく、味があるように見える。

 ミッキーマウスとかディズニー版プーさんみたいな、「とにかく赤い服着たネズミ/クマだった」っていう記憶になると、勝手に陽気そうだなと思う。鬼太郎もQ太郎もブラック・ジャックも、ブラック・ジャックは医者だから関係なかったキリコか、いやキリコもじゃん脱線がひどいな、とにかくあれだ、赤い服着てないもんね。

 色の情報が欠けている。

 情報に隙間、スペースがある。

 ドーン!

 この隙間の話をするときって、喪黒福造が邪魔なんだよなーってあいつもモノクロだホーホッホッホ。

 もういいや、これも次回に続こう。
posted by 篠田 青 at 01:36| Comment(0) | 精神世界