2017年10月12日

カラコン使い

 やれカラコンカラコンカラコンと、カラコンを目の敵にしてるんじゃないかわはははは、いやそのえっと、まあそんな感じに受け取られるかもしれませんが。

 その人が本来持っているエネルギー、人間としての魅力や威力を発揮して、最大限の幸せを獲得したい。そんな方向性でいきたいんだとすれば、黒目の輪郭を潰すようなカラコンはお勧めしませんよ、というのが基本で。

 本来の黒目の輪郭を潰すことの利点を追求するのであれば、それは結構なんじゃないでしょうか。猛獣使いならぬカラコン使い。別に猛獣じゃなくてもいいですね、悪魔使いとか、何かそういうのに憧れてる人はそっちでも。

 「人間以外の動物のほとんどが白目を露出させていないのは、感情を悟られないようにするためである」という話があります。目線が定まらないと、いとも簡単に「動揺してる」とか「嘘をついている」とか「キョドってる」と受け取られてしまいますので、これはもう、非常に実感しやすい理屈です。

 黒目の占める割合が大きくなれば大きくなるほど、感情は読まれにくくなる。究極のポーカーフェイスに近づいていく。

 野球は心理戦だ、ピッチャーはポーカーフェイスがいいとかね、他のスポーツでもスポーツじゃなくっても、とにかく読まれたくないならこれはもう、ルールの許す限りね、黒目を大きくすればいいですよ。

 アイドルやタレントの皆さんもね、演技が下手なのがバレにくいとか、演出の都合とかキャラ作りで引っ込みがつかなくなっちゃったとか、そんなんで嘘ばっかりつかなきゃいけないとかね、本心が見えちゃいけないとなったら、もうどんどんどんどん黒目を大きくしたらいいです。

 相撲とか柔道とかレスリングとか、相手の目が真っ黒だったら怖いでしょうねえ。勝つとか負けるとかより、何かもう帰りたい。
タグ:カラコン
posted by 篠田 青 at 14:10| Comment(0) | 精神世界

2017年10月11日

カラコン憑き

 本来の黒目の輪郭を潰すようなカラコンのというか、あれを装着した瞳の何とも言えない気味の悪さというのは、要するに「目が死ぬから」なんだけど。人は相手の目から思っている以上に情報を受け取っていて、そこが偽装されたり、一部が遮断されたりすることに敏感なのよね。

 デジタル処理された画像や映像だと輪郭が強調されてしまうことが多々あって、極端な例だとプリクラ的な感じの黒目になるんだけど。

 そういうものを見慣れてきてしまうと、瞳に対して鈍感になる。どう見えるかを気にしていたつもりが、どう写るかにズレていく。

 鏡に映る自分と画面に映る他人とを比べるようになって、「自然なまま大きく」してくれると囁くカラコンが欲しくなる。

 自分を見てくれる相手の目ではなく、他の何かのための外見を作るようになる。

 自分の心を伝えるための瞳が死んで、記号のための黒目になる。

 心を見てくれる相手がいなくなる。

 ホホジロザメみたいな目になっていく自分を止められず、人でなくなっていく。

 別に脅しでも何でもなくて、あれって「憑いている」目に近いんだよね。動かすつもりのない自分の考えについて、人の意見を受け入れない前提で語っている人の目。それはあなた、愛されませんわっていう。

 カラコンつけてる人をバカにする人は多いけど、カラコンつけたみたいな目になってる自分に気づけない人もね、結構多いよ。
posted by 篠田 青 at 23:56| Comment(0) | 精神世界

2017年10月04日

センスと別れたわけではない

 別れたり、離婚したり。

 終わって良かったね、という話はたくさん聞く。

 それで「相手を選ぶセンス」が良くなったわけではない、そんなことはもう断じてないんだけど。

 まるでセンスが良くなったかのような顔をして、次の恋へと突っ走っていく人もたくさんいる。恋に恋する資格に、年齢制限なんてないのねうふふ。
posted by 篠田 青 at 23:58| Comment(0) | 精神世界

2017年08月24日

ホラー映画のラスト

 ホラー映画のラストで「終わった……」みたいな台詞が出てきたり、一家を乗せた車が遠ざかっていく。そんなとき「いやー、終わってないんじゃないの」と思ってしまうのは僕だけじゃないでしょう。

 同じように感じたとしても、理由は様々。

 とにかく怖がりで「駄目だ、そんなことしたって奴らは追いかけてくる」っていうパターン。

 続編を期待するか、「どうせ続編狙ってるんだろ」と見透かして「これは終わらないぞ」と願う/予想するパターン。

 何となく「いや、根本的な解決はできてないんじゃないのこれ」と思うパターン。

 もっと何となく「だって嫌な予感がするもん」のパターン。

 だけど実際は、いや実際はってどんな情況だよっていう話じゃなくって、嫌なことは早く忘れたい、なかったことにしたいっていう思考は強く働くもので。気の短い患者の「理屈はいいからよ、ちゃちゃっと治してくれよ先生」ってな感じになる。

 だからまあ、「引っ越したら呪われた家だったから、とりあえず呪われてない家に引っ越そう」的な家族を見送るラストっていうのは、人間の弱さという現実を残酷なまでに描写していてそれを見守るしかない観客という名の自分自身に深く鋭く突き刺さりまったりとしてそれでいてしつこくないのでカンヌ映画祭に出品して賞をもらってもいいんじゃないかと思うんだがどうかね山岡君
posted by 篠田 青 at 21:16| Comment(0) | 精神世界

2017年07月12日

パワースポット

 一時ほど聞かなくなったような気もしますが、「何それ?」と聞き返されるような感覚もないので、定着したということかもしれません。パワースポット。

 そこには良いエネルギーが満ちており、行けば誰もが機械の身体をもらえる……間違えた、えっと元気になったり、運が良くなったりするというね。

「行けば誰もが」なんて言うもんだから、誰も彼もが行くようになる。「何か知らんけど御利益があるらしいから」、御利益御利益きゃっきゃっきゃっ。イケメンイケメンきゃっきゃっきゃっ。

 御利益と 漢字で書くと 浅ましい

 御利益を「いいこと」に置き換えてみますかね。いいことってのは、人によって、もしくはその人の情況によって異なるわけです。異なる需要、異なる欲求を満たす魔法の言葉、「いいこと」。

 霊感は誰にでもあるけど、それをどのように使うか、使っているかが大事であって。そういう部分、個人の想いの方向、何を大事に生きているかみたいなところと、その場所のエネルギーとの相性が果たしてどうか。

 相性が良ければ、晴れてそこがその人のパワースポットとなる。

 いい医者だって聞いたからわざわざ来てやったのに、なんだとんでもねえヤブ医者じゃねえか、みたいなね。「ハードル上がる」とか言うけど、聞く方の聞き方だってあるし、効く方の効き方だってある。あなたのパワースポット、お友達のパワースポット。共有できなきゃお友達じゃないとか、そういうのとは別の話。

 そういう細かいこと考えるのがめんどくさいから、誰にでもある程度、だいたい御利益があるみたいなのが「有名なパワースポット」になるんだろうけど。誰も彼もが行くようになれば、見えるゴミ、見えないゴミが結構増えて、そのゴミの方に引っ張られて具合悪くなる、なんてこともあるんでね。

 相性のいいパワースポットってのはまあ、意外と静かなもんです。
posted by 篠田 青 at 23:14| Comment(0) | 精神世界