2018年11月08日

給食を残すとか残さないとか・後編

 前回のつづきでございます。

 食べられない子を落ちこぼれとして見せしめにし、「それが嫌なら食べられるようになれ」と促すことにはもう、なーんの生産性もない。

 周りと同じようには食べられない人がいるのなら、周りよりも食べられる人もいる。決められたおかわりだけじゃ足りない人だっている。好きなものならいくらでも食べられるけど、好き嫌いは割と激しい人。好き嫌いなく食べられるけど、量はそんなに必要ない人。

 誰かの苦手を誰かの得意が補って、クラス全体として完食することを目指す。集団としてのフードロスについて考える方がよっぽど生産的だと思うんだよな。

 「連帯責任」とかいう激ヤバ思想じゃなく、クラスという社会の「需要と供給」をうまくやりくりしながら、完食という目標を達成していく。これは経済の勉強にもなりますよお母さんお父さん。英語だのプログラミングだのより役に立つかもしれませんよ、ご家庭でもできますからねっ。

 「給食の時間だけはスター」っていう人が現れるかもしれない。食べられる人が尊敬される時間があったっていい。いっぱい食べないといけない体質だってあるんだし。そうなればきっと、食べられない人の体質や「食べられない以外の部分」に目が行く時間だって生まれる。

 色んな生徒がいて良かった。それを教えてくれる家族以外の大人がいて良かった。デジタルまみれの時代は進んでいくだろうけど、食はたぶん、どこまでもアナログでしょ。基本は人間なんだってことを愚直に、柔らかく学べるような可能性がね、給食にはあってほしいんだよな。

 僕にとって給食は、とても楽しい時間だった。クラスメイトの食べ方から学ぶことがたくさんあって、残さず食べたいとか、もっと上手に食べられるようになりたいとか、誰に強要されることなく、食への興味が広がっていくような。

 ただその、昼休みに野球やるのも楽しみだったもんだから、早食いの癖がついちゃってね。何かちょっと無駄に太ってたけど。

 ※この記事は不良品なので、次の記事も読んでやっておくんなさい。
posted by 篠田 青 at 00:40| Comment(0) | からだ

2018年07月29日

ぼくのひみつ

 おえっとなるから、ボクサーブリーフは穿けないんだ。
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posted by 篠田 青 at 01:33| Comment(0) | からだ

2017年12月21日

体重と身体の重さ

 プロでもプロでなくても、「ベストな体重」を把握している人は多い。

 パワーをつけるために増量する。キレを取り戻すために減量する。前者だと「身体を大きくする」と言ったりするのに、後者を「小さくする」と言わないのはなぜだろう。まあいいか。

 体組成計も普及して、体重だけの話っていうのも少なくなっているとは思う。それでも、そこに表示される数値だけを目標にしてしまうと間違えるというか、失敗する。

 「身体が重いとき」でも書いたけど、ご飯とパン、各種麺類をひとくくりに「炭水化物」だとか糖質として扱うような食事はいけない。栄養士がついてるとか、奥さんが資格を持ってるとかいうのも、役に立たなかったり、実は物凄く足を引っ張ってしまったりする。

 食が「数値を実現するための材料」になってしまうと、その身体づくりは失敗する。

 同様の理由で、サプリメントをじゃらじゃら飲むようなコンディショニングもうまくいかない。摂り始めると癖になるというか、摂らないと不安になってしまうけど、だからこそ僕としては薦められない。

 毎日水を何リットル飲むとかも違う。

 数値目標ってのは分かりやすいし、共有しやすい。提示する側と実行する側との確認が容易だから、「やってますね」「やってるぞ」っていう安心感もある。

 食事制限とか体重制限とか、「制限」ってのはストイックな感じ、プロっぽい感じが出るから、本人も満足感を得やすい。日本人は特に、苦行が好きだしね。苦行やっとけば周りの人の目にも留まる。

 まあ、いかにプロといえども、見えないものを相手に戦い続けることは難しい。ただ、本人を動かすのはその心と身体であって、「気」とか感覚を磨くこと、その部分を共有できるスタッフを探すことが最優先なんだよね。

 それができている人が、結果的に「ほんの一握り」になるんだけど。

 (※その「ほんの一握り」に加わりたい方は、この記事へのコメントか『難病のための仁術』『メンタルのための仁術』の窓口からご依頼ください。)
posted by 篠田 青 at 00:47| Comment(0) | からだ

2017年12月19日

身体が重いとき

 何かだるいなーとか、身体が重いんだよなーということはきっと、誰にでもある。

 僕の場合、小麦粉を摂りすぎると重くなる。ご飯が続いても重くはならないけど、パンとか麺が続いてしまうと重ーくなる。

 小麦だけ、小麦粉だけを食べるってことは少なくて、ほぼもれなく油脂分がついてくるのも一因ではある。とは思う。でも、それが全てではないことも感じられる。

 糖質糖質と騒がれているけど、特定の栄養素だけで語れることは少ないし、「科学で証明された」からといって、目には見えない栄養素を見えたつもりになってしまうのは危ない。

 共有される文字情報が増えすぎて、感じる力っていうのが急速に失われている。

 だから、絵とか動画がコンテンツとして、特に若年層に人気なのは自然なことというか、少なくとも悪いことばかりじゃないよなと思う。

 アスリートとかアーティストの体調管理は、パフォーマンスと収入に(あまりにも)直結するから、「業界御用達」な医者やトレーニング、食材の情報の共有が、ちょっと閉じたような、特殊な形でなされる。

 誰にでもある程度効果のある方法が確立されていく一方で、個人に最適な方法が見落とされたり、不当に過小評価されたり。

 結局のところ、口コミはもう、口コミになった時点で最先端ではないし、独占できるお得な情報でもない。

 長く一流であり続けるアスリートやアーティストは、心や性格に合った柔らかい情報を見つけたり、選んだりできる。それもまた才能だと言ってしまえばそれまでだけど、雑音の絶対量自体が増えてるんでね。邪魔する奴が多すぎるんだよなと思わされる。「見つけてくれよ!」と願う。

 (※柔らかい情報を必要としている方は、この記事へのコメントか『難病のための仁術』『メンタルのための仁術』の窓口からご依頼ください。)
posted by 篠田 青 at 01:19| Comment(0) | からだ

2017年12月10日

俺は赤の王だ

 鼻が詰まり気味だから、マスクをして眠る。口呼吸になっても大丈夫なように。

 目が覚めるとマスクを外していて、喉が痛い。そんな自分が許せなくて、別人格を作った。彼は「赤の王」。僕の中に眠っていたもう一人の自分なのだ。

 もちろん嘘だ。信じる奴っているのか。

 クオリティの低い夢と脇の痛みのリアルさに腹が立って、強引にでも決着をつけてやろうと思ったのだ。 
posted by 篠田 青 at 01:29| Comment(0) | からだ