2018年04月05日

精神世界へのスタンス・後編

 おとなしく、前回のつづき。

 そうそう、みんなね、おとなしいからね。あてはめ上手になるのよ。それは別に、悪いことばっかりじゃないし。地域や文化、風土や家族。いい部分が作り上げてきたいいものだってたくさんある。

 ただ、そこに乗っかって何の努力もせずに「四の五の言わずに従えばいいのですなぜなら私たちもそのようにしてきたからですそしてあなたも私たちになるのです」っていうね、激ヤバ閉鎖社会および文化あるいは親族両親家庭みたいなのが売るほどあるっていうか、売れ残ってるのに威張ってるし、喜んで定価で買ってる人たちもいっぱいいる。

 そういうからくりを分かっていても、どこかで慣れていたり、慣れてしまう方が楽だっていうような部分があって、それを「賢さ」に置き換えて生きていく。

 「ストレス社会で必要な賢さ」がマニュアル化されているような部分があるのよね。みんなが良かれと思ってやっていることが似通ってくる。

 だとすれば、「した方がいいこと」よりも「しない方がいいこと」を書いていく方が実用性が高い。

 まあそのー、「否定ばかりで具体的な解決法が書かれていないから生産的ではない」っていう断定の仕方もマニュアル化されちゃってるんでね、これまた難しいところではあるんですが。

 そういう人は結局、「痛いのだけ取ってくれりゃいい」とか「生き方なんて聞いてないんだよ」とか「未来を教えてくれよ」だの「過去を当ててみろよ本物かどうか見極めてやるから」だのあとえっとまだまだあるぞはあはあはあ。

 ええと、つまり。

 「しない方がいいこと」にだって、意味はあるんだ友達なーんーだー。
posted by 篠田 青 at 20:12| Comment(0) | 精神世界
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