2018年04月04日

精神世界へのスタンス・中編

 つづき。えー、まずは前回のおさらいから。いらんわ。

 自分がどういう性質かっていう認識、自覚は、環境によって歪められることが多い。家庭や学校、職場なんかを経験していく中でね、自分の価値やバランス感覚を確認していくものではあるんだけどね。

 そもそも「環境を選ぶ才能がない」っていう人がかなりいて、いや、それで幸せならいいんだけど、ぼんやりとした不安を抱えたまま、ぼんやりと具合悪く、慢性の痛み痒みに付き合って生きてたりする。

 歪んだ前提をどっさり背負って、「肩こり 治療」とか検索しててもしょうがない。

 叩き込まれたり、刷り込まれたりした「おかしな前提」を引っぺがしてからでなけりゃ意味がない。

 「こ和い話」でも書いたけど、「叩き込む」とか「刷り込み」っていう病魔にとって、この国は非常に心地よいところで。文化風土全体が病巣だと言っても過言ではない。で、それは多くの人にとって「当たり前」なわけよね。相談してみても「そんなの別に珍しくないよ」とか「どこも同じだよ」って返ってきちゃったりして。

 インターネットの時代になって、被害者っていうのかな。大勢に潰されそうになったそういう人たちの声も目立つようになったけど、対策や対処法なんかがね、やっぱりマニュアル化されてきちゃうんだよね。

 インターネットの時代は、検索の時代。自分と同じ症状、当てはまる項目を探すことが上手くなる。精神世界っていうのは、そこから一番遠いところにある。

 そしてつづきは次回にある
posted by 篠田 青 at 19:27| Comment(0) | 精神世界
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