2018年01月29日

トイレの誰子ちゃん・後編

 はい、前回のつづき。

 「だっ、誰かいるのっ!?」

 返事がなければ誰もいない。何だいないのかー、なら安心だー。

 っていう安心の仕方って、難しいんだよね。

 「あ、はい、えーっと、呼びましたよね? たぶんいましたっす、自分、たぶんですけど、ハイ」

 っていう返事がある方がすっきりする。いるはずないけど音がしたもんね、やっぱりそうだよね、いたのね、いたんだよね? 良かったー、はっきりして。

 「誰かいるの」→「シーン」→「ズズズ」→「だっ、誰かいるの」→「シーン」→「ズズズ」→「いっ、いるんでしょっ、誰!?」→「シーン」

 これが一番怖いっていうか、気味が悪いっていうか。

 誰かの明確なリアクションがある方が安心するんだよね、実は。「気のせいだった」って結論に自信を持てるようになるまでにはやっぱり、時間も労力もかかるから。

 この矛盾、もやもやした部分が「隙間」になる。「空き室あります」って書かれたスペースが生まれる。

 人に話すにしても「お化けがいた!」っていうオチがある方が聞いてもらえるしね。「シーン」で終わってる話だと、ストローくわえた彼氏に「何それふーん」みたいな反応されて落ち込んで、一人暮らしの部屋にオチとしてのお化けの出現をもう、もはや望んでしまう。

 そんな目先の小さな気分も「願い」と解釈して、シュッと入り込む偽物がいっぱいいるのよ。だからまあ、「手から金粉が出てたきゃっきゃっきゃっ」みたいな話で盛り上がりたくて盛り上がってる霊感あるんですよーなおともだちたちなんかを見ると、そこまでにしときなさいよと思う(繋がった!)。
posted by 篠田 青 at 01:47| Comment(0) | 精神世界
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。