2018年10月20日

お知らせと説明など

▼ お知らせ ▼

 ちょいうそ日記なんかも書いてるよ!


▼ ブログの説明 ▼

 人の心の奥には「仁」があって、そこを扱うのが「篠田仁術」。

 仁を鑑定するので、僕は自分を「鑑仁師」としています。

 症状や現象に目が行きがちだし、情報も専門家も溢れに溢れて数え切れないほどだけど、根っこはぜーんぶ仁にあるんだよー。

 ということで、色んなことを好き勝手に書いてます。仁術ってシンプルすぎて逆に分かりにくいみたいなところがあるので、少しでも興味のあることから「あ、これも関係あるの?」と感じてもらえれば。

▼ ブログの読み方 ▼

 仁術のコンセプトに基づき、「で、どうすればいいの?」については書いていません。そのあたりのことは「精神世界へのスタンス」を読んでくださいな。


▼ 篠田仁術 ▼

 「医は仁術なり」の仁術とはだいぶ違うし、ジャンルとか専門とか関係なさそうだなーというのをですね、何となく分かってもらえれば。

公式サイト:『篠田仁術』
※2018年9月24日、『メンタルのための仁術』・『霊質のための仁術』・『難病のための仁術』・『人事のための仁術』の各種専用サイトを、すべて公式サイトに統合しました。
posted by 篠田 青 at 01:01| お知らせと説明

理想の読者

 ブログ書きながら考えてることっていうか、「電車で読んでて吹き出しちゃったよ!」みたいになるといいなーとかね、そんなノリなんだけど。

 妻は「何これ凄い怖いよ。みんなこれほんとだと思っちゃうよ、いいの?」とか言ってくるわけ。

 きがつくとぼくはちかくにあったてぢかなどんきをにぎりしめ

 これ気に入ってんのよ、ひらがなのやつ。っていうかやってると癖になってくるから駄目だね。

 ブログに「人前で吹き出しちゃったボタン」とかあればいいのになあ。
タグ:夫婦円満
posted by 篠田 青 at 01:01| Comment(0) | 日々

2018年10月19日

残不知親

 つぎにめがさめても、ひづけはおなじでした。というかほとんどきぜつしていませんでした。きぜつなどしていなかったのかもしれませんが、きぜつというのが「き」そのもののだんぜつをさすのであれば、それがたとえいっしゅんであってもきぜつにはちがいないのであり、それをたしかにじかくしているぼくじしんがたしゃにとやかくいわれるすじあいはない、だんじてないのだとおもごっ

 だれかにうしろからつよくなぐられたようです。なぐったこういそのものはゆるせません、とうていゆるせるものではありませんが、それでもぼくはそのひとにかんしゃしたいとおもいます。

 なぜならばおかげでぼくはれいせいになり、はいしゃさんにぬいてもらったおやしらずはたったのいっぽんだということをおもいだせたからです。

 らいしゅうまたもういっぽんぬいてもらうよていですが、それでもまだぜんぶのおやしらずをうしなうわけではないので、ぼくはあのころにもどってしまうのではないかというとうしょのぎもんを、いや、これはぎもんではなくきょうふというべきものでしょう。それをかくさずうちあけるぼくはたいしたにんげんだなあとおもいます。

 おわり
posted by 篠田 青 at 23:50| Comment(0) | 思いつき

2018年10月18日

抜不知親

 はいしゃさんでおやしらずをぬいてもらいました。

 ということはおやのしらないことがなくなり、またあのころにもどってしまうのだろうか。そんなことをふとかんがえたらめまいがして、とおくでじぶんがたおれるおとをきいたようなきがします。

 めがさめるとひづけはもうふつかごでした。ぶろぐのことをかんがえたらめまいがして、ぼくはまたきをうしなってしまいました。
posted by 篠田 青 at 23:27| Comment(0) | 日記

2018年10月17日

追われ囲まれ旋風脚

 ひいいっ。追ってくる、奴が追ってくるよう。

 奴らが周りを取り囲もうとしてくるよう。

 季節感の奴らがっ。

 僕を捕まえようとしてくるよう。

 嫌がる僕を捕まえて、半袖短パンをやめさせようとしてくるよう。

 かっ、囲まれた、囲まれたよう。

 充分に引きつけたところで竜巻旋風脚。

 たっまっせんぷーうきゃっ。
posted by 篠田 青 at 23:28| Comment(0) | 思いつき